手で直した仕訳候補が、直す前の内容で登録される ― クイック登録(β)を使う前に入れておく「金額範囲」
月初にマネーフォワード クラウド会計の「連携サービスから入力」を開くと、勘定科目まで入った仕訳候補がずらりと並んでいます。件数が増えてくると、1件ずつ「登録」を押す運用から、まとめて片付ける運用に切り替えたくなります。
切り替える前に知っておきたい仕様が3つあります。どれも公式ガイドに書いてあるのですが、画面を触っているだけでは気づきにくい種類のものです。そして越境ECの口座は、この3つがいちばん刺さる形をしています。
前提: 銀行明細に効くのは「通帳カード」のルールです
最初に画面名の確認です。自動仕訳ルールには「通帳カード」用と「ビジネス(ビジネスカテゴリ)」用があり、設定できる項目が違います。銀行・カード明細に効くのは前者です。レジサービスなどの売上データに効くのが後者で、調べものをするときにここを取り違えると、設定項目の話が噛み合わなくなります。
「自動仕訳ルール(通帳カード)」で指定できる明細の一致条件は次の4つです。
- 完全一致
- 前方一致
- 後方一致
- 部分一致
4つとも、摘要という文字列をどう照合するかの指定です。そしてこれとは別枠で「金額範囲」という項目があります。公式ガイドの説明はこうです。
⑥金額範囲 自動仕訳ルールを適用する明細の金額に制限を設ける場合に設定します。
「設ける場合に設定します」とあるとおり、任意項目です。裏返すと、空欄のままにすれば金額はいっさい見ずに、摘要の一致だけでルールが当たります。3万円の入金にも300万円の入金にも同じ勘定科目が入ります。この記事でいちばん伝えたいのは、この欄の存在です。
複数のルールが該当しうる場合の優先順位は「金融機関・口座」>「優先度」>「明細の一致条件」の順で判定され、優先度は数字が小さいほど優先されます。
ルールは、登録するたびに勝手に増えて、勝手に更新されます
もう一つの前提です。「自動仕訳ルールとして保存」にチェックを入れた状態で、まだルールが当たっていない仕訳候補を登録すると、自動でルールが作られます。すでにルールが当たっている候補を登録した場合は、その内容でルールが更新されます。
便利な仕様ですが、裏返すとこうなります。最初の1回で科目を間違えると、翌月以降は「もう科目が入っている状態」で候補が出てきます。間違いが、間違いに見えなくなる方向に働くわけです。手入力していた頃は毎月ゼロから考えていたので、おかしい月には気づけました。自動化したあとは、おかしい月ほど画面上は他の月と同じ顔をして並びます。
そして、こうして自動でできたルールに金額範囲が入っているかどうかは、ルール一覧を開かないと分かりません。
クイック登録(β)が無視する3つのもの
ここからが本題です。まず用語を分けます。よく似た名前の機能が2つあります。
| 一括登録 | クイック登録(β) | |
|---|---|---|
| 対象 | チェックボックスを入れた仕訳候補 | 「自動登録」にチェックが入ったルールが適用された候補 |
| 画面の絞り込み | 効く(絞った結果にチェックを入れる) | 効かない |
| 手で直した内容 | 反映される | 反映されない |
| 1回の上限 | ― | 1,000件 |
「絞り込んでから一括登録する」という運用は、左の列では成立します。問題は右の列です。公式ガイドの「ご注意」に、次のことが書かれています。
1. 画面の絞り込みを無視します
「連携サービスから入力(通帳・カード他)」画面の検索条件で絞り込みを行っていても、検索結果にかかわらず、表示中の会計年度の仕訳候補すべてが一括登録の対象となります。
画面に10件しか表示されていなくても、対象は表示中の会計年度ぜんぶです。絞り込んだから安全、という感覚は通用しません。
2. 手で直した内容を無視します
「連携サービスから入力(通帳・カード他)」画面で仕訳候補の内容を編集しても、「クイック登録(β)」機能を利用して仕訳登録を行うと、仕訳は編集前の内容で登録されます。
これがいちばん怖い仕様だと思っています。おかしい行を見つけて科目を直し、そのあとクイック登録(β)を押すと、直す前の内容で登録されます。直したはずの行が直っていないので、作業した記憶と帳簿が食い違います。しかも直した本人は「直した」と思っているので、見直しの対象にすら入りません。
3. 上限は1,000件です
一度の操作で登録できるのは1,000件まで。超えた分は登録されず、登録できなかった件数が表示されます。
なお、1つの明細に複数のルールが該当する場合は最も優先度の高いルールが適用され、そのルールの「自動登録」にチェックが入っている場合にのみ登録されます。優先度の低いルールのほうに自動登録を付けても効きません。
AIに450件やらせて分かった、金額範囲を入れるべき明細
では、どの摘要のルールに金額範囲を入れるべきか。感覚で決めたくなかったので測りました。
3か月分・約450件の入出金明細を、摘要・金額・入出金区分だけの状態でClaude APIに渡し、勘定科目・取引先候補・確信度をJSONで返させています。摘要だけでどこまで判断できるかを見たかったので、「迷ったら確信度を下げてよい」と明示しました。
prompt = f"""
以下は法人口座の入出金明細です。摘要から勘定科目を推測し、
JSON配列で返してください。各要素には account(勘定科目)、
counterparty(取引先候補)、confidence(0-1の確信度)を含めてください。
判断に迷う場合はconfidenceを低くしてください。
{csv_rows}
"""
結果を、設定に落とせる形に整理すると次のようになりました。
| 明細のタイプ | AIの確信度 | 摘要は毎月同じか | ルールの設定 |
|---|---|---|---|
| 家賃・水道光熱費・通信費 | 高い | 同じ | 自動登録OK。金額範囲は実績どおりに |
| SaaSの継続課金(AWS、Google Workspaceなど) | 高い | 同じ | 自動登録OK。金額範囲に幅を持たせる |
| カード引き落とし(一括) | 中程度 | 同じ | 自動登録OK。中身の按分は別途 |
| 仕入先への海外送金 | 中程度 | 同じことが多い | 金額範囲を必ず入れる |
| 個人名・屋号での振込 | 低い | 毎回違う | ルールを作らない |
| 決済代行・プラットフォームからの入金 | 低い | 同じ | 自動登録を外す |
固定費と継続課金は、AIも高い確信度で当ててきます。ここは自動登録にチェックを入れて構いません。
注目してほしいのは最終行です。AIは決済代行からの入金に対して、正直に低い確信度を返してきました。摘要に実際の取引内容が出てこないので、判断のしようがないからです。ここがいちばん大事な差で、AIは「分からない」を返せますが、文字列一致のルールに確信度という概念はありません。 摘要が一致すれば、分かっているときとまったく同じ顔で科目を入れます。
いちばん危ないのは、摘要が毎月きれいに同じ行です
直感と逆になるところなので、具体例で見ます。
たとえば、ある月の銀行明細に摘要「ペイオニア」で 1,284,530円の入金があったとします。摘要は毎月同じで、金額だけが違います。ここに金額範囲なしの「売上高」ルールがあり、自動登録にチェックが入っている状態です。
この1本を分解すると、次のような構成になります。
| 内訳 | 金額 |
|---|---|
| Shopeeの入金(Income Released)分 | 982,000円相当 |
| eBayのPayout分 | 340,000円相当 |
| 二段階の為替コスト・出金手数料 | △37,470円 |
| 銀行への着金額 | 1,284,530円 |
「ペイオニア/売上高 1,284,530円」で登録されると、売上が手数料分だけ少なく立ち、為替差損と支払手数料が帳簿からまるごと消えます。しかも仕訳そのものは何もおかしく見えません。返品の調整やプラットフォーム側の立替費用の相殺が混ざった月は、ズレはさらに大きくなります。
決済代行の入金は「1本の入金=1つの取引」ではないので、そもそも1行の仕訳では表せません。文字列ルールで表せないのは、ルールの出来が悪いからではなく、構造的に無理だからです。入金1本の中身をどう分解するかはShopee・eBayとPayoneerの消込の記事に書いたので、そちらを見てください。この記事で言いたいのは、その分解が必要な行を、クイック登録(β)が絞り込みごと飛び越えて登録してしまうということです。
明日やること
1. 「自動登録」にチェックが入っているルールを全部見る
自動仕訳ルール(通帳カード)の一覧を開き、自動登録が有効なルールを確認します。ここに載っているものがクイック登録(β)の対象です。決済代行・プラットフォーム名(Payoneer、PayPal、Stripe、Amazon、Shopee、Wiseなど)のルールが入っていたら、チェックを外してください。
2. 残したルールに金額範囲を入れる
固定費なら実績どおり、継続課金なら為替や従量課金の振れ幅を見て少し広めに。範囲を外れた明細はルールが当たらず候補に残るので、そこだけ人が見るという運用になります。これがいちばん安いセーフティネットです。
3. 税区分が要る明細は「詳細」から登録する
一覧の「登録」と、「詳細」を開いてからの登録では、部門・取引先・税区分などの反映が異なります(公式FAQに項目ごとの一覧表があります)。輸出売上のように税区分が重要な明細は、詳細画面を開いて登録してください。
4. プラットフォーム側の入金レポートを月1回保存する
突合の材料は事業者側にしかありません。
除外した選択肢も書いておきます。「確信度の低いものだけ人が見る」という切り方は、自分で組んだAIの仕組みでは機能しましたが、MFクラウドの画面上に確信度に相当する表示はないため、日々の運用としては使えません。だから代わりに、金額範囲という画面上に実在する設定に置き換えています。
よくある誤解
Q. 絞り込んでから登録すれば安全では?
「一括登録」ならそのとおりです。チェックを入れた候補だけが登録されます。効かないのは「クイック登録(β)」のほうで、こちらは絞り込みの結果にかかわらず表示中の会計年度すべてが対象になります。名前が似ているので、どちらのボタンを押しているかを確認してください。
Q. AIが科目を付けているなら、金額がおかしいときは教えてくれるのでは?
自動仕訳ルールは学習しますが、毎回考え直しているわけではありません。公式の説明は「学習したルールを適用する」です。適用であって、判断ではありません。金額で止めたいなら、金額範囲を自分で入れる必要があります。
Q. 決算のときに税理士が見るから、月次では気にしなくていいのでは?
見ます。ただ税理士が見るのは仕訳の結果です。「ペイオニア 1,284,530円/売上高」という仕訳は、それ単体では何もおかしくありません。おかしいと分かるのはShopeeやeBayの入金レポートと突き合わせたときだけで、そのレポートをダウンロードできるのは事業者側のアカウントだけです。ここは分業できない部分です。
Q. 全部「対象外」にして手で入れたほうが安全では?
逆効果になりやすいです。件数が多いと全部を同じ密度で見ることになり、いちばん見るべき10行に時間が残りません。定型を自動に寄せて、浮いた時間を金額範囲の設計に使うほうが、結果として精度は上がります。なお対象外にした明細は画面から消えますが、「登録済一覧」から「対象外を解除」で戻せます。
まとめ
自動化で削れるのは、判断がいらない作業の時間です。判断がいる行を見つける時間まで削ってしまうと、月次は速くなったのに数字は当てにならない、という状態になります。
クイック登録(β)はβ版なので、画面や仕様は今後変わる可能性があります。使うなら、まず自動登録のチェックが入ったルールを棚卸しして、金額範囲を入れてからにしてください。どこに閾値を置くか、どのプラットフォームを外すかは業種と取引の形で変わるので、迷う場合は個別にご相談ください。
参考
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